Vol.2 パレルモの歴史
ー多様な文化の洗礼を受けて
花開いたパレルモー
紀元前8世紀、フィニキア人が街道を造り、もともと天然の良港を持っていたパレルモに、直径1kmほどの都市が出現した。
前254年、第一次ポエニ大戦でローマが勝利し、700年にわたって古代ローマ時代が続く。5世紀ころからローマは衰退をはじめ、535年にはビザンツ帝国(東ローマ帝国)が支配し、のち300年ほどビサンチンの文化が爛熟してゆく。
831年、サラセン人が侵入し、948年にパレルモを首都と定めてイスラム人支配が始まる。1072年、ノルマン人が制覇。
1130年には、高名なるルッジェーロ2世が載冠。ノルマン王宮など、北ヨーロッパの息吹をパレルモに根付かせた。政権はホーエンシュタイン家に継承され、「中世最初の近代人」と評されるフリードリッヒ2世のもとで、シチリアは文学をはじめ豊かな芸術文化が開花させる。パレルモに多く残るイスラム文化との融合様式は、ノルマン王朝が破壊よりも融合をはかったことによるところが大きい。
1266年アンジュー家、1442年アラゴン家、1712年サヴォイア家、 1718年ハプスブルグ家、1735年ブルボン家と、近世は目まぐるしく統治者が移り変わり、1860年のガリバルディの独立統一戦争によってイタリア統一がなされるまで、シチリアは数多くの支配を受け続けることになった。